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自分の手で調伏の陣を描く羽目になったことへ、
猛り狂った邪妖だったのは計算通りだったのだけれど。
何せ相手は、一種の思念的な存在。
その怒りが彼の力を増ささせてしまい、
蛭魔が前以て張っていた敷地への結界も何のその、
最後の力を振り絞り、
呪いの籠もった鋭利な大鎌、
術師へと振り上げたという流れだったのへ。
大外から見ていて先にそうと察した葉柱だったからこそ、
無茶とも見えた行動も、
全ては自分への注意を逸らさせたかった、
ただそれだけを思っての暴挙であり。
「………で?」
「だから。」
ある意味“相討ち”になったものの、
葉柱が昏倒したことさえ見届けられたかどうか。
相手の邪妖は、その身を蒸散させたほどの自滅へまで追い込まれたようで。
「あっと言う間に封滅完了…って運びになったさね。」
「いててて……。」
何がどう忌々しいやら、刀の形に立てた右手、
ていっと葉柱の額へ叩きつけてる陰陽師殿だったりし。
「重いお怪我を負ってらっしゃるんですよ?
叩いたりしちゃあいけません。」
セナが何とか窘めるものの、
そんな進言なんぞにあっさり言い諭されていたら世話はなく。
掛布代わりの、綿の入った袷の衿元、
さりげなくも直してやりつつ、
その所作を紛らせるようにと蛭魔が言い足したのは、
「こいつはな、俺を庇わにゃならんと思ったんだ。
それでの無茶をしたからにゃ、
きっちり最後まで見届けるのが道理ってもんだろが。」
「………道理。」
ついつい繰り返してしまったところ、
何だ何が言いたいかと、ギランと鋭い眇目を向けられてしまい。
「あ、いえ。あのそのっ。」
あたふた慌ててその場から立ち上がり、
薬湯でもお持ちしますねと、そそくさ逃げてってしまった書生くん。
今更、蛭魔を怖がる彼じゃあないはずが、
ああまで慌てたところを見ると、どんだけおっかないお顔になっていたのやら。
そんなやり取りへ、何とか苦笑が洩れた葉柱、
やや鼻息が荒いまま、
それでもあらためてこっちを見下ろして来た蛭魔だったのへ、
眠そうな眸をして訊いてみた。
「まさか、お前が俺を担いで連れ帰ったのか?」
「まぁな。」
ったく重いわ嵩張るわ、と。
お顔を斜めにそっぽを向いて、
まだ言い足らぬか文句を並べかかったものの、
すいっ、と
遮りたかったものか、
葉柱の手が伸びて来ての…、
だがそれにしては口ではなく目の縁に留まり、
「塩、吹いてんぞ、ここ。」
「………………え?」
指の腹にて軽く撫でてやったのが目尻の縁。
途端に、
「な、何言ってやがんだよっ。////////」
暗がりでも判るほど、顔が赤くなった判りやすさよ。
誰ぞを呼ぶでなくの自分で侍従殿を担いで帰ったのも、
そりゃあ案じたからだろし、
目が覚めぬ間を一体どんな心地で過ごしたのやら、
語らずとも明らかになったようなもの…と。
“言っちまったら、
またぞろ大騒ぎしつつ殴って来やがんだろうしな。”
それまでの威張りまくりは、
一体 何へのどういう誤魔化しだったやら。
「ま、そんなに心配しなくとも、俺ァ傷の治りは早いんでな。」
「だっ、だだだだだ誰が心配なんざしてっかよっ!」
ぎゃあぎゃあ、稀に見るうろたえようで大騒ぎするものだから、
逃げてったはずの書生くんまでが戻って来の、
天聖界から降りて来たばっかな くうちゃんが、
“はややぁ”とお眸々を丸くしたのち、
この冬も冬眠してない あぎょんさんへ、
びっくりしたのよとお喋りしに行ったほど。
何だか、微妙な始まりようのこの年ですが、
はてさて、どんな日々がやって来るのか。
今から楽しみなような…おっかないような。
よろしかったら、どうぞお付き合いのほどをvv
〜Fine〜 12.01.23.
*久し振りの邪妖退治のお話です。
ちょいと気負ったか、
妙に長い尺になっちゃいましたが、
そこはどうかご容赦を。
不意を突かれるのが弱点だなんて、
おやかま様、まだまだ修行が足りませんぞ?
「ああ"? なんだってぇ?」
「こらこら、筆者を脅さない。」
めーるふぉーむvv

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